◆第三章「地方人としての暮らし」~釈放されてからの旅◆
ノボシベリウスクを発車した夜行列車は、時間がたつにつれて水兵達も一般人もそろそろ眠くなって来たのか、会話やざわめきも次第に静まって来た。私と話しをしていた兵隊達も疲れて来たらしく、それぞれ席に戻って行った。一人になった私は何となく不安もあり、反面ある程度開き直りの心境でもあった。
祖国を遠く離れてウラル山脈の麓まで、よくぞ来たものだと不思議に思った。列車は寝静まった窓辺に轟音を響かせながら、東に向ってどんどん走っている事が私にとってはせめてもの慰めであった。
私は解放感や疲れもあったせいか、いつの間にか寝ていたらしくハッとして眼が覚めた。寝ているロスケに時間をきくことも出来ず、窓の曇りを手で拭きながら暗い車窓に目をやった。列車は淡々と続く森林地帯を走って行く。間もなく女性の車掌が廻って来た。顔を見るとノボシベリウスクの時の車掌ではなかった。どこかで交替したのだろう。彼女は私に「ヤポンスキー、スコーラ、ニェスピー」〈日本人、もうすぐだから眠っては駄目〉と言った。やっと来たのか・・・・・・と思ったとたん、眠気がすっかり消えてまった。トランクを身近に置いて降りる仕度をしたのである。列車は間もなく停車した。彼女に「ここで降りるのだ」と言われて、急いでレールのそばに飛び降りた瞬間、寒気が全身に刺さるのを覚えた。
駅まで五〇メートルほど歩いた。そこでは私以外に降りた者もなく、一人で薄暗い待合室に入った。田舎の駅で暖炉には火の気もなく、私は長椅子の上にトランクを枕にして横になりながら、夜の明けるのを待つことにした。二時間ぐらいも寝たろうか、寒くて眼が覚めた。そのころ東の空がやっと薄明るくなって来たが、田舎の街はまだまだ深い眠りの中にあった。落ち着かない気持ちで明るくなるのをじっと待った。
一時間くらいたった頃、こちらへ向って近づいて来る「バブシカ」〈老婆〉の姿を見た。私は老婆に「ミリツ」〈警察〉はどこかと聞くために外に出た。その時は大分夜も明けて、民家が見えるほどであった。部落は路線に平行して一本道に並んでいた。私は老婆に「バブシカ、ドブレウトロ、グヂエミリツ」〈お婆さん、お早う。警察はどこですか〉と聞いた。老婆は東を指しながら、「イヂ、一キロメートル」〈ここから一キロメートル〉と教えてくれた。私は「ボリショーイ、スパシーボ」〈大変ありがとう〉と礼を言って歩き出した。
民家ではそろそろ起き始めたのか、どこの家の煙突からも白い煙が出ていた。それがとても懐かしくて、ほのぼのとした気持ちで眺めながら、警察を目差して歩いていた。寒気の厳しい夜明けの田舎道を歩いている者は、私一人であった。

ロシア語、お上手になっていらして十分に情報を聞くことができたおじさま、凄いですね。それにしてもいつまでこの大変な、心細い旅が続くのか・・・。不安だったことと思います。

やはり それなりに会話ができるようになってたんですよね。だけど一体何処へ行っていいものやら。。本当に不安だったと思います。