時を経てよみがえる母の言葉

大切な言葉

 

また自分の幼少時代の気持ちを振り返る時間が与えられた。

大正15年生れの両親、その時代の象徴的な頑固おやじと
三つ指ついて主人に仕える(ちょっと大袈裟か?)
優しい母のもとに育った私は、
本当に幸せな幼少期を過ごさせて頂いたと改めて思う。
15年前、次男が白血病で入院していた頃にも、
自分の幼少期をよく思い出す機会があった。

幼い頃、私はいつも母の傍でころころと遊び、
身も心も母に委ねていた。
とても安心しきった気持ちで。。

果たして、そんな「安心感」を与えるよう、
私は子どもたちを育ててきただろうか?

自分の感情を出したり、時に引っ込めたりしながら、試行錯誤してきた。
時にこれが精一杯だから 「こんなかーちゃんで諦めてくれ!」と
心で叫んだり。。笑

奇しくも今、「大切なものはわずかです」という
あの”大草原の小さな家”のローラインガルスの
著したエッセイを読んでいて、
「時を経てよみがえる母の言葉」
(原題 Heavenly Blessings Without Number)
という章が、あまりにも私の気持ちを表してくれているので、
ここに抜粋し、掲載せて頂きたいと思います。

 

年を重ねれば重ねるほど、子ども時代の思い出ーーとりわけ、
母の思い出が ますます大切に思えています。
そして、母が愛をもってしてくれたあれやこれやに 思いを馳せると、
その思い出はいっそう輝きを増します。
こんなにも犠牲的な愛を 私はほかには知りません。
母がくれた助言や教えは、それを聞いた当時よりも 今のほうが、
私の中で重みを増しています。というのも、これまでに積み重ねてきた
知識や経験が、母の言葉は真実だったと証明してくれるからです。残念ながら、人は実際に経験してみないことには、
その言葉の進化を悟ることが できません。
人生の厳しいレッスンをくぐり抜けて、初めて、
私たちは母の言葉が 真実であったことを知ります。
祖母から母へ、母から娘へと、人生の真理は教訓
として受け継がれていきますが、
それが本当のことだと知るためには、
各々が自分の経験によってそれを確かめなければならないということです。

わが子よ。あなたの父の教訓に聞き従え。
あなたの母の教えを捨ててはならない。
それらは、あなたの頭の麗しい花輪、あなたの首飾りである。                                                            旧約聖書(箴言1:8~9)

もし親の教えを、聞いただけで身につけることができたら、
しなくても よかった大失敗はたくさんあったことでしょう。
そのことで心を痛める 必要もありませんでした。
でも、人生とはそんなふうにはいかないものです。

それでも母の助言とは有益なものです。
誤った道に踏み出しそうになった その瞬間に、
何年も前に母に言われた警告の言葉を思い出し救われる。
という ことがよくあります。
母の膝の上で聞いた教えというものは、生涯にわたって 心に残り、
子どもを助けてくれるものなのです。

けれども、その有益な教えよりもさらになつかしく、
恋しいのは、母という 人そのものの思い出です。
いろいろな場面が思い浮かびますが、
そのどの場面 にも見られる母の表情、手のぬくもり、母の声・・・

子ども時代の遠い日々は喜びに満ちていた。
楽しく明るく輝いていた。
幸福という快活な翼に乗って
あっという間に過ぎ去っていった日々。
けれども、ああ! 一日の中で最良の時間は
母さんの歌を聞きながら眠りに落ちる時だった。

「さあ、いい子ね、おやすみなさい。
しずかにぐっすりおやすみなさい。
天使がおまえを守ってる。
天から無限の祝福が
おまえの上に振ってくる」

楽しいことでいっぱいの日々にあっても、
夕暮れ時のまどろみの時間は格別だった。

私はもういつでも旅立てる。
その日が来たなら、母さんの歌が心に響くことでしょう。

「さあ、いい子ね、おやすみなさい。
しずかにぐっすりおやすみなさい。
天使がおまえを守ってる」

母さんの祝福を受けながら、
私は安らかに眠りにつくでしょう。

出典

『大切なものはわずかです。~ローラ・インガルス29の知恵』
著者:ローラ・インガルス・ワイルダー
編者:スティーヴン・ハインズ
訳者:結城絵美子
発行:いのちのことば社

 

私は、この最後の一節が好きです。
これは、臨終の場面を想定しているのだろうけど。。

安心を経験していると、何か困難な場面に遭遇しても
この「安心」を基礎に乗り越える手立てがみつかるような気がするのです。

だからこそ、自分の子ども達にも
この「安心感」を与えてあげたいと思っているのだけれど。。

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