感謝

大切な言葉

 

 

 

 

闇を光にかえるものは 
心を洗う感謝しかない

不満は心を閉ざし 
世界を小さくする

怒りと愚痴は、自分の想う通りに物事が動かないときにおこる激しい感情である。不満の心である。この心がわだかまってくると周囲を暗くさせ、疑心暗鬼の空気をつくり出していく。またそのことに心がとらわれてくると、他のことに注意が届かないため、失敗したり、人と衝突するようになる。

人は同時に二つのことは想えない、という道理を知る者は、心をせまくする感情に心を託すことをさける。不満や怒りに揺れるときは気分を転換し、注意を他に向ける努力をする。そうして毒をまきちらす感情から離れる。このように自戒する人はいつも明るく素直に生きる。

しかし、なお賢い人は、不満の心は自我と欲望の現われと見、そういう想いが出たときは、まだ自分にも邪念がひそんでいたことを知り、それを引出してくれた人に感謝を忘れない。気付かずにその心を温存していると、不満の心は繰り返し外に出るが、気付いたときは業が光にかわり、消滅する機会となる。

昔、賢い僧がいた。それをねたむ船頭が、ある日、その僧を舟から川に突き落とした。しかし、すぐ天命とあきらめると、川の流れに身をゆだねた。それをみた船頭は僧を殺してはならないと救い上げ、自分の誤りを悔いた。すると僧は、あなたのおかげで業が一つ消えたと、怒るどころか礼をいったのである。もともと、幸も不幸も、神の思召しである。常に感謝し、神に祈る者に災いがない。災いは、幸いに変わっていくのである。

それゆえ、不幸や不満が感謝にかわるとき、闇は光にとってかわり、心をひろげてくれる。周囲を明るくし、人の心を変えてしまうのである。不満は心を閉ざし、世界を小さくする。

(堀田和成 著)

 

この言葉は、私が自分の戒めとしている言葉とその解説です。

仏教でいうところの心の三毒【貪欲(貪り)・瞋恚(怒り)・愚痴(不平不満)】を戒めたものだと思うのですが、頭ではわかっているけれども、これがなかなか感謝に変えることができない。

でも神さまに「はい!そう致します!」と言おう。。

そういえば、キリスト教のアーメン、ヒンドゥー教のオーム、仏教の阿吽(あうん)は、この【はい!そのように致します!】という意味なのだとか。。

それからこの解説にでてくる僧は、良寛和尚さんのことです。良寛さんのように、川に突き落とされても天命とあきらめ川の流れに身を委ね(神様に委ねたのだと思います)、突き落とした船頭さんにも感謝でき、祈る人になりたいと思います。

 

 

 

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