受容

大切な言葉

楽しみにしていた本が届きました。
臨床心理士である松坂清俊さんのご著書
「知的障害の娘の母:パール・バック~ノーベル文学賞を越えて」

まだ読み終わっていないのですが、
障害児を持ったパール・バックも大江健三郎さんも
我が子の障害を受け入れられるまでに苦悩されたようです。

ノーベル文学賞を受賞するような方々も一人の人間。同じく障害児を持つ私には、共感できる内容です。

「わたしは、この歩んで行かなければならない悲しみに満ちた行路を歩んでいる間に、人の精神はすべて尊敬に値することを知りました。人はすべて人間として平等であること、また人はみな同じ権利を持っていることをはっきり教えてくれたのは、ほかならぬわたしの娘でした。どんな人でも、人間である限り他の人より劣っていると考えてはなりません。・・・わたしはこのような体験(この娘をもたなかったら)、決してこのことを学ばなかったでしょう。もし、わたしがこのことを学ぶ機会をもたなかったら、わたしはきっと自分より能力のない人に我慢できない、あの傲慢な態度を持ち続けたに違いありません。娘はわたしに゛自分を低くすること”を教えてくれたのです。」(パール・バック)

 

「(研究者<フランス文学>になることを断念して)、とにかく小説を書く能力しかない人間の私は生きてきた。
 さらに私の場合、障害をもった子どもが生まれたことで、大きい時間を息子の光と一緒に生きることにあてねばならないと考えた。
 しかし文学を続ける以上、自分の文学は、息子と生きることの表現にしよう。文学をやることと息子と共に生きることを重ねて、双方が深め合う関係にするしかない。それが自分の想像力の形になるだろうと考えたわけです。そして、そのとおり四十年余生きてきた」(大江健三郎他『大江健三郎ー作家自身を語るー』2007年)

障害児をもった親というのは、
自分(親)たちが死んだあと、
この子らはどうなってしまうのだろう
という不安があります。

パール・バックも大江健三郎も
そのような悩みや不安を抱えながらも、
子どもと自分の人生の受容を作品の中で
自分のテーマとして追い続け深めてきたということです。

 

 

 

 

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